先週読んだ小説の話

4月は本当に慌ただしい.時間があっという間に通り過ぎていく.記憶も次々と失われていくので,先週読んだ小説のことを記録しておきたい.

変わった鳴き声をもつクジラが太平洋に住んでいるらしい.その鳴き声の周波数は52 Hzで,類似の回遊パターンをもつシロナガスクジラ(10~39 Hz)やナガスクジラ(20 Hz)の声と比べてとても高い.不思議なことに,その鳴き声をもつクジラはたった一頭しか観測されておらず,そのため「世界で最も孤独なクジラ」と呼ばれているそうだ(参考:Wikipedia 52ヘルツの鯨

実際の音声(周波数を10倍に加工したもの)はこちら

先週読んだ小説『52ヘルツのクジラたち』(町田そのこ 著・中央公論社)では,登場人物をこのクジラになぞらえてストーリーが展開されていく.一見普通に見える人たちも私達には聞こえない周波数で助けを求めているのかもしれない.

良い小説は読み手に新しい視点を与えてくれる.本作はまさにそんな作品である.

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なぜ気体の粘性係数は密度に依存しないのか?(気体分子運動論による説明)

はじめに

先日開催された「プレゼンテーション演習」の合同発表会で,本研究室のプレ配属生が次のような質問を受けていました.

火星の大気密度が小さいのであれば,密度に応じて粘性係数も変化するのでは?

私自身,温度が決まれば気体の粘性係数が決まることは,知識として知っていましたが,密度に対する依存性については意識の外にありました(ウッカリしていました).

理科年表(1)を紐解いても

気体の粘度(粘性係数 著者注)は数十Paより数気圧に至る広い範囲において圧力にはほとんど無関係である.

とは書かれていますが,その理由までは示されていません.

そこで,慌ててVincenti & Krugerのテキスト“Introduction to Physical Gas Dynamics”(2)を確認して整理してみましたので,備忘録として掲載しておきます.

輸送現象

気体の巨視的な特性量(速度,温度,濃度)が空間的に一様でないとき,一様な状態に戻す現象(粘性,熱伝導,拡散)が生じることは経験的によく知られているところです.長時間経つと,最終的に一様な状態に達し,これらの現象は消滅します.

これらの物理現象は,気体を構成する分子のランダムな運動(熱運動)によって運動量やエネルギー,質量が輸送されることで生じるものであり,輸送現象と呼ばれています.巨視的な特性量の空間的な偏りが,分子運動によって輸送される微視的な物理量の流れ(流束)にアンバランスをもたらし,巨視的な特性量の輸送を生み出すわけです.

本稿では気体の粘性についてのみ考えていきますが,この場合考察の対象となるのは気体の速度の非一様性です.例えば,速度のx方向成分uy方向にだけ非一様に分布している場合,y=一定となる平面上には速度成分uを一様にする方向に単位面積あたり\tauの大きさをもつせん断力(せん断応力)が働きます.これはニュートンの粘性法則として知られていて,次式のように表すことができます.

\displaystyle \tau = \mu \frac{d u}{dy} \hfill (1)

ここで現れた\muが粘性係数(粘度)と呼ばれる物性値です.次節では,気体分子運動論に基づき,粘性係数が密度や圧力に依らず温度だけで決まることを説明したいと思います.

気体分子運動論による輸送現象の説明

気体分子がもつ物理量(運動量,エネルギー,質量)の巨視的平均量\tilde{a}を考えましょう.ここでは\tilde{a}y方向にだけ変化するものとします.つまり

\tilde{a} = \tilde{a}(y)

図1に示されるように,平面y = y_0の下側に存在する分子がこの平面を横切るとき,この分子は,最後に他の分子と衝突した場所y = y_0 - \delta yでもつ平均量\tilde{a}(y_0 - \delta y)をもって移動すると考えます.ここで\delta yは平均自由行程\lambdaと同程度の大きさをもつものと仮定し,\delta y = \alpha \lambdaと表します.ここで,\alphaは1程度の大きさをもつ比例定数です.平面y = y_0の上側に存在する分子は,上と同様に考えて,平均量\tilde{a}(y_0 + \delta y)をもって移動することになります.

また,平面を単位時間・単位面積あたりに横切る平均的な分子数は,n \overline{C}に比例するものと考えられます.ここで,nは分子数密度,\overline{C}はランダムな分子運動の平均速さであり,y = y_0で評価されたものです.

以上のことから,y軸の正の方向に向かって輸送される,単位時間・単位面積あたりの平均量の流束\Lambda_{\tilde{a}}

\Lambda_{\tilde{a}} = \eta n \overline{C} \left[ \tilde{a}(y_0-\alpha \lambda) - \tilde{a}(y_0+\alpha \lambda) \right]

として計算することができます.ここで\etaは比例定数です.

さらに,\tilde{a}y = y_0のまわりでTayler展開して,1次項までを残すと次式が得られます.

\displaystyle \Lambda_{\tilde{a}} = - \beta n \overline{C} \lambda \frac{d \tilde{a} }{dy} \hfill (2)

ただし,\beta = 2 \alpha \etaとしました.

図1

運動量の輸送と粘性

分子の質量をmとすると,式(2)において\tilde{a}=muとおけば気体分子がもつx方向の運動量流束が求まります.

\displaystyle \Lambda_{mu} = - \beta m n \overline{C} \lambda \frac{d u }{dy} = - \beta \rho  \overline{C} \lambda \frac{d u }{dy} \hfill (3)

ここで\rho = m nは気体の密度です.

次に,Newtonの運動法則

ある時間内に生じた物体の運動量の変化はその間に物体に作用した力積に等しい.

を適用すれば,図2に示すような平面に作用するせん断応力\tauは,この面を単位時間に通過するx方向の運動量流束と等しくなることがわかります.ただし,せん断応力の向きについては,図2に示した平面の場合,x軸の方向を正と定義していますので,この面を通過して流入する正味の運動量が正となる場合に対応しています.一方,前節で定義した運動量流束はy軸の正の向きが正となるように,つまり流出する方向が正となるように定義されていますので,次式のように符号を変更する必要があります.

\tau = - \Lambda_{mu} \hfill (4)

図2

以上で求めてきた式(1), (3), (4)を比較することで,粘性係数が次のように与えられます.

\mu = \beta \rho \overline{C} \lambda

ここで,平均自由行程は密度に反比例(3)し,熱運動の平均速さが絶対温度の平方根に比例する(4)ことを思い出せば,粘性係数は密度には依存せず,温度のみの関数となることが理解できます.

おわりに

3年生の授業(「プレゼンテーション演習」合同発表会)での質問をきっかけにして,気体の粘性係数が密度に依存しないことを気体分子運動論的に改めて考えてみました.以上の内容が記載されていたVincentiとKrugerのテキストは研究室の輪読で何度か読んでいたのですが,最近取り上げることはなかったので,完全に記憶から抹消されていました.やはり定期的に読み返す必要がありますね.

なお,同書によれば,Maxwellが1860年にこの関係を発見したとき,あまりに驚いて,彼自身が実験で確認するまでの間,眠れなかったとのことです.

参考文献

  1. 国立天文台 編,理科年表2019,丸善出版(2019), p. 395.
  2. W. G. Vincenti and C. H. Kruger, Jr., Introduction to Physical Gas Dynamics, Krieger Pub. Co. (1986), pp. 15-18.
  3. ibid., p. 14.
  4. ibid., p. 9.

内田樹著『生きづらさについて考える』を読みました.

先日,内田樹先生の『生きづらさについて考える』(毎日新聞出版)を読みましたので,備忘録として,投稿します.

本書の特徴として何よりも真っ先に指摘したいことは文字が大きくて読みやすいということ.これは,視力が衰えてきた私達の年代にとっては極めて重要で,有り難いと感じたところです.

内容に関しては,いつも通り深く考えさせられる言葉がいくつもあって,これから何度も手にする本になりそうです.特に,「情理を尽くして説く ー 書き手に求められているもの」には,学生の皆さんに是非読んでおいてもらいたい内容がありましたので,ご紹介します.

私たちが論理の筋目を通し,論拠を示し,出典を明らかにし,情理を尽くして説くのは,読者が身内ではないからだ.自然科学の論文は精密なエビデンス(科学的根拠)と厳正な理論に基づき,主観的願望を介入させないように書かれているが,それは同じ分野の専門家たちの厳しい査定的なまなざしを想定しているからである.文系の物書きにはそれほどの学術的精密さは求められないけれども,「情理を尽くして説く」という構えは分野にかかわらずものを書く人間が手放してはならない基本ルールである.

内田先生の書物でいつも楽しみにしているものに「まえがき」と「あとがき」があります.本書に収められている多くの文章は何らかの媒体で発表されたものを加筆・修正したものなのですが,「まえがき」と「あとがき」は,当然ながら,書き下ろしとなりますので,新鮮ですし,語りかける文体にも惹かれるところがあります.本書においても,その「あとがき」の中で「豊かで安全なのだけど,なぜか子どもが生まれない国」(日本を含んでいます)の共通点が指摘されていて,目から鱗が2,3枚は落ちました.いや,本当に.

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テッド・チャンの新作『息吹』を読み終えて

テッド・チャンの新作SF短編集『息吹』(大森望訳・早川書房)を読み終えました.

前作『あなたの人生の物語』の緻密に作り込まれた作品群に圧倒された私にとって翹望の一冊でした.実に17年ぶりの刊行とのことですが,期待を遥かに上回る内容に,改めて打ちのめされた感じです.

彼の作品の多くは,読み始めてしばらくの間は内容が掴めず,「一体,何の話なんだろう?」と首を傾げながら読まなければなりません(私の場合).しかし,少しずつ読み進めていくと徐々にその内容が明らかになってきて,気がついたときにはすでに作品の中に完全に呑み込まれ,読むことを止められない状態に陥ってしまうのです(個人差はあります).

彼はSF作家と呼ばれ,科学や技術をモチーフにした作品を世に送り出していますが,彼の作品に描き出されているものは紛れもない人間の姿であり,私はそこに魅力を感じています.今回の作品群の中で,個人的におすすめなのは以下の4篇.

  • 「商人と錬金術師の門」
  • 「息吹」
  • 「偽りのない事実,偽りのない気持ち」
  • 「オムファロス」

熱力学こぼれ話

本日の講義「エネルギー変換工学」の中で,以下の熱力学関係式を使いました.

T = \left( \frac{\partial H}{\partial S} \right)_p \qquad \cdots (1)

ここで,Tは温度,Hはエンタルピー,Sはエントロピー,pは圧力です.授業後に回収した大福帳(コミュニケーションカード)に質問があったので,式(1)の導出過程を示しておきます.

まず,エンタルピーは状態量ですから2つの状態量の関数となります.ここでH=H(S, p)とみなせば,その全微分は

\mathrm{d}H = \left( \frac{\partial H}{\partial S}\right)_p \mathrm{d}S + \left( \frac{\partial H}{\partial p}\right)_S \mathrm{d}p \qquad \cdots(2)

と表すことができます.一方,熱力学の第1法則から,

\mathrm{d}H = T \mathrm{d}S + V \mathrm{d}p \qquad \cdots (3)

が成り立ちます.ここで,Vは体積です.

式(2)と(3)の右辺を見比べてみれば,式(1)ならびに

V = \left( \frac{\partial H}{\partial p} \right)_S \qquad \cdots (4)

が成り立つことがわかります.

ところで,式(1)をみると,示量性状態量Hを示量性状態量Sで微分したものは示強性状態量Tになっていることがわかりますね.一方,式(4)からは,示量性状態Hを示強性状態量pで微分したものが示量性状態量Vになることがわかります.だから何だと言われればその通りなのですが,何かのときに役立つかもしれませんww.

上述した示強性状態量と示量性状態量の関係性は,原島鮮先生の教科書「熱力学・統計力学(改訂版)」培風館(1978),p. 78に紹介されています.この本には他にも多くのユニークな「こぼれ話」が紹介されていて,まるで講義を聴いているように読み進めることができる,お薦めの教科書です.

ウィルスは生きている!

中屋敷均著「ウィルスは生きている」(講談社現代新書)を読みました.中屋敷先生の本を読むのは,「科学と非科学」(講談社現代新書)に続いて,2度目となります.「科学と非科学」同様,抜群の面白さで,一気に読んでしまいました.

圧巻は第3章で紹介されたカリヤコマユバチという寄生バチの話.その驚きの生態はもちろん,ウィルスとの奇妙な共生関係を知るにつれて,自然界の不思議さを再認識した次第です.


ハンス・ロスリング,オーラ・ロスリング,アンナ・ロスリング・ロンランド 著(上杉周作,関美和 訳)『FACTFULNESS』は今年一押しの一冊!

人の脳(考え方)にはある種の「クセ」(認知バイアス)があることは多くの人が指摘しているところですが,本書を読むことで,どうすればそれらを克服し,世界を正しく認識できるのかを,具体的な事例を通じて学ぶことができます.何より,客観的データに基づいて物事を捉えようとする著者等の姿勢は科学者・技術者の見本でもあります.学生の皆さんには是非読んでもらいたい一冊です.著者らによる素晴らしいプレゼンはこちらから.こちらもオススメの動画です.

Free teaching material from www.gapminder.org

 

マーゴット・リー・シェタリー著『ドリーム NASAを支えた名もなき計算手たち』を読みました.

マーゴット・リー・シェタリー著(山北めぐみ訳)『ドリーム NASAを支えた名もなき計算手たち』(原題:Hidden Figures)(ハーパーBOOKS)を読みました.

これは,以前観た映画の原案となったものですが,痛快なエンターテーメントに仕上がっていた映画とは異なり,人種差別や男女差別と戦いながら,アメリカの航空宇宙技術の進歩に貢献した黒人女性研究者達の姿を描いたノンフィクション作品です.映画を観ていない人はもちろん,映画を観た人にもオススメの本です.

追記:本作には,R・T・ジョーンズ,リチャード・ウィットカム,ハーヴェイ・アレンといった,私の憧れの研究者達も登場していて,教育研究上でも貴重な資料になりました.

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